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美術館『神田日勝記念美術館』(河東郡)


住所 北海道河東郡鹿追町東町3丁目2
営業時間 10:00〜17:00
定休日 月曜日(月曜が祝日の場合は開館) / 年末年始(12月30日〜1月5日) / 祝日の翌日(土日の場合は開館)
電話 0156-66-1555
料金 一般¥510(¥450) / 高校生¥300(¥250) / 小中学生¥200(¥150)
※()内は10名以上の団体割引
ウェブサイト http://kandanissho.com


東京生まれながら戦時疎開で十勝鹿追町に入植し、営農を続ける中で十勝の風土に根ざした作品を制作、新具象の世界を切り開きながらも、32歳の若さで夭逝した画家・神田日勝の作品を紹介する美術館。画家の代表作のひとつ「馬」(絶筆)を中心に、「飯場の風景」「人間A」「画室A」ほか油彩大作群、自画像・習作などを常陳。遺品のうちには日勝愛用のペインティングナイフがあり、その独自の画法を偲ぶことができる。広い遊歩階段(簡易リフト設置)を上がると、素描とエスキースの他、画帖・ノートなど数々の遺品を展示。アトリエの一部を再現したコーナーと写真パネルから、”画家である、農民である”日勝のいのちの実景を知ることができる。研究資料、没後紹介資料などを併せる総計300点の収蔵輪郭になっている。


神田 日勝(1937〜1970)
1937年、東京・練馬生まれ。1945年、戦時疎開団に加わった家族とともに十勝・鹿追町に移住。開拓営農のかたわら油彩を制作、若くして全道展会員となり、独立美術選抜展、第1回北海道秀作美術展などに出品して目覚しい活躍のさなか、1970年に32歳という若さで急逝。






インタビュー(August,2007)
釜沢 恵子 / 『神田日勝記念美術館』学芸員


>まずは美術館の紹介をお願いします。

『神田日勝記念美術館』は鹿追町の町立の美術館です。この美術館が開館した当時は、北海道では個人の作品のみを展示している美術館がまだ少なかったため、地元の人々の意見もさまざまでしたが、鹿追の風土を色濃く反映した神田日勝という画家を全面に押し出した美術館にしようと、『神田日勝記念館』という名称でスタートしました。ですから、美術館の成立要因はそれぞれあると思うのですが、ここの場合は地元の有志の方々が美術館を作ろうと運動を展開して建てられた、地域の人々の発意によるものです。

>どのような展示がされているのでしょうか?
常設展は年2回、前期(4月中旬〜10月)と後期(12月上旬〜4月上旬)に展示替えをし、特別展を11月に開催しています。美術館が開館した1993年には主要作品はすでに札幌と帯広の美術館に所蔵されており、最初は奥様の所蔵作品の御寄贈や購入を中心に、初期から晩年に至る作品群を揃えてスタートしました。現在の所蔵作品は26点、デッサンや長期借用作品を含めても81点ですが、神田日勝が短命だったこともあるため、発見されている作品も200点に満たないほどと作品自体もあまり多くはありません。神田日勝はベニヤ板を使った大作を、一点一点長い時間を掛けて制作したことも寡作である理由かもしれません。

>作品の大きさや絵の具の厚さ、この感動をぜひ生で体感していただきたいです。作品の見せ方などで特に気を使われている部分は?
もともと収蔵点数が少ないので、展示替えをしてもがらっと変えることは難しいです。楽しみにして来られるお客様も多いので、基本的には代表作である「馬(絶筆)」ははずせません。ただ、小テーマを常設展の一部で紹介することをここ2〜3年で試みています。建物がシンプルな箱型ではないので、順路として初期からぐるっと観ていただくように展示していますが、来館者の多くは「馬(絶筆)」へと吸い寄せられていきます。初期の十勝の風土や身の回りにあるものを克明に描写した時期、画家として様々な可能性を試した時期を経て、最終的には一番奥にある「馬(絶筆)」へ収斂していくという、礼拝堂の祭壇のような構造になっていますね。

>後期の明るくポップな色使いの作品も印象的です。
画法やモチーフなども少しづつ変化しているのですが、鮮やかな色が最初に現れたのは「牛」ですね。その後、「静物」という作品では赤や黄色などの鮮やかな色を部分的に使い始め、「画室」シリーズではかなり明るくなり、「画室」の最後の2点ではピンクがかった赤が主張色になっています。でも晩年の「馬(絶筆)」や「室内風景」になると色が氾濫したような描き方を一度捨てている感じがします。ただ昔に戻るのではなくて、これまで描いたものを超えてさらに先へ、新しい地点を目指そうという、意気込みがあったように感じられます。

>美術館の建物自体も面白いデザインになっています。
東大雪連峰という、然別湖周辺の山々をイメージしてデザインされています。外観はでこぼこしているのですが、展示室に入ると教会の礼拝堂のような雰囲気になっています。冬は屋根にうっすら雪がかかると、まるで山に雪が降ったように見えます。

>いろんな角度から見てみると印象が異なって面白いですね。美術館の見どころについて聞かせてください。
神田日勝がかつて生きた土地にある美術館ですから、作品に触れることで神田日勝の存在を感じて欲しいですね。もしこれが都会にあるとかけ離れてしまうと思います。この土地で生きて、ここで死んでいったという、短くも強烈な画家の生きざまを実感できますので、わざわざ足を運んでいただく価値は十分にあると思います。

>ところで、神田日勝氏はどのような人物だったのでしょうか?
日勝の周囲の人に聞くと人当たりの良い好青年という印象ですね。あとは、とてもユーモアがあって、人を楽しませた人物だったとおっしゃる方が多いです。絵からはそういうイメージはあまり無いのでギャップも感じますが、絵というものは画家という人間の中からのひとつの表出行為で、その人に無いものは出せないわけですから、神田日勝という人間の中にあるものが絵の中に表れていると思います。

>では最後に、美術館を通じて感じて欲しいことは?
大袈裟に言うと、神田日勝の作品を通じて生きることを再確認して欲しいですね。真剣に絵を描くことで自分の全てを賭けて懸命に生きたという、神田日勝の生きざまを実感していただける美術館だと思います。作品を観た方が自分も一生懸命生きようと、改めて自分の人生を見つめ直すきっかけになっていただけると嬉しいですね。


text Pilot Publishing / photograph Kei Furuse(studio k2)
August,2007



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